枝葉末節、プラスアルファ。

「ブログを書く」とはどういうことかについて、考えてみたいと思っています。

【寸評】社会学的想像力(C.W.ミルズ)

こんにちは。しばらくぶりのエントリーになってしまいました。

今日は昔取った杵柄で(社会学科に在籍していました)最近読んだ、20世紀アメリカのみならず、社会学全体の基本文献であり、古典である『社会学的想像力』について書いてみようと思います。 

社会学的想像力 (ちくま学芸文庫)

社会学的想像力 (ちくま学芸文庫)

 

 

今回は、「1回目」の流し読みと位置づけ、再読することを前提しています。また、ふだんやっている、鉛筆で傍線というのも試みにしないでおきました。

「流し読み」なのに、約4日かかりました(全400頁ほど)。前までと同じように、「読書メーター」さんで書いた感想を添付しておきます。

59年原著刊。過度の普遍性を目指す「グランドセオリー」、微細な調査データの積み重ねを強調する「抽象化された経験主義」のいずれもが、「自由と民主」の観点からすると、官僚化された体制内存在になってしまっていることを批判し、「社会と個人史との結びつきを強調(訳者解説)」し、粘り強く概念の積み重ねを説く。20世紀アメリカのみならず、社会学全般の古典中の古典。あと何度読めば理解できるだろう。学部生時代に、恩師と共に読んでみたかった。

ここでいう「グランドセオリー」とは、具体的にはタルコット・パーソンズの「社会システム論」を指しています。個から全体を貫いて社会的な「均衡」をもたらす「大」理論、ということでしょう。しかし、パーソンズ以後の「グランドセオリー」は、未だ出ておらず、パーソンズも「時代遅れ」視されています。

もう一方の「抽象化された経験主義」とは、戦後アメリカ社会学のメインストリームとなる、社会調査の大規模化・精緻化を指しているようです。

全体を通して、社会学を始めとした「社会科学者」の「テクノクラート化」に警鐘を鳴らしている内容と私には思われました。

さて、再読はいつのことになるのやら・・・。