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明日活かす読書

読書メモや記録のためのブログです。

【寸評】錦繍(宮本輝)

再読ですが、何回目かはわかりません。たぶん、3回目か4回目になると思います。最初に読んだのは、就職して間もない頃で、友人からの影響でした。以来、宮本作品の新刊は、欠かさずに読んでいました。

しかし、あるタイミングで「飽き」がきちゃったんですよね。近年でも、『草原の椅子』を電子書籍で読んでみたんですが、それほどいいとは思わなかった。

でも、Google Play の¥500クーポンで入手して以来、今まで「死蔵」していた『錦繍』なのですが、ついに再読することとなりました。以下、例によって「読書メーター」さんにUpした感想です。

【再読・回数不明】10年前に起きた事件の後で別れた夫婦が偶然出会ったことから始まる往復書簡という形で提示される物語。己の為した善と悪全ての「業」にその人間は左右される。そして、その「業」とは、縁する人間にも影響を与えてしまうのだろう。靖明が同棲していた女性とPR誌の制作を始めたことや、亜紀は息子の障害などの全てを受け入れて、夫との離別を決意する。宮本作品は時々読んできたが、共通しているのは、必ず「心根」のよい人が、周りを幸福にしていくということだ。この『錦繍』、このタイミングで読めてよかったと思う。

どんな物語であってもそうなんだろうと思いますが、この物語も、数々の「偶然」が重なり合い、連なりあって成立しています。それが、「偶然」ではなくて、登場人物の一人一人がたぐり寄せた「必然」のように感じられるのが、この作品です。

再読にあたって、「あれ、このシーン、こんなに早く出てきちゃうんだっけ?」と思ったのが、喫茶「モーツァルト」の登場と、その焼失の場面。そして、そこで交わされる「生きていることと死んでいることとは同じこと」という会話(たぶん、こんな感じで、精確ではないと思います)。モーツァルト、殊に交響曲第39番が聴かれる場面を通じて、「宇宙のからくり」とか「生と死のからくり」という対話。

実のところ、私もこの作品を読んでモーツァルトに興味を持つようになったのですが、彼の音楽の妙が、人が善を為し、また、悪を為さざるを得ないことが必然であることとして響きあっています。

そして、10年前の「事件」で離別した靖明と亜紀は、何通かの書簡を交換することで、人として正されていく。そうです。この物語は、人が人として「再生」するとは、どういうことなのかを書いた試みの一つであると言えると思います。 

錦繍 (新潮文庫)

錦繍 (新潮文庫)