枝葉末節、プラスアルファ。

「ブログを書く」とはどういうことかについて、考えてみたいと思っています。

【考え】ブログタイトル「明日活かす読書」とは?

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おはようございます。

最近では専らAmazonで買い物をしていて、「リアル本屋」に立ち寄ることも少なくなっているのですが・・・、最近はちょっとした「読書論」「読書術」ブームなのではないかと思っています。キイワードは、「教養」。「教養を身につけて」、豊かな人生を送ろう、厳しい現実を勝ち抜こうなどなど。

確かに、読書は「教養」を身につける有効な一手段といえましょう。

ただし、他にも音楽を聴いたり、古典芸能に親しんだり、ウィットに富んだ会話を楽しんだり、ということも「必須」だろうから、読書にだけ投資しても、お望みの「教養」が身につくかはわかりません。でもまあ、販売戦略上「身につく」と言わざるを得ないんだろうなあとは思うのですが。

私はこれまでに、ブログを何代も続けていますが、それらのブログを廃して、このブログ(まだ全然アクセスは集まっていませんが)を始めた理由を少し説明させていただこうと思って、今日のエントリーを書いています。

今までのブログは、日記風に綴ってきました。その中には、通院した時のことや、読書の感想、クラシックのCD鑑賞記などが混在していました。

しかしながら、この代のブログは、「読書」に照準を合わせて書くことにしていこうと思っています。私が読書に何を求めているのかを伝えることができていれば、このブログは「成功」していると思います。

その、「伝えたいこと」とは何か。それは、読書とは、単に教養に留まることなく、「生きる力」そのものなのではないかという仮説です。読んだ一節が、今日と明日とを生きる「糧」とはならないか。

その一節に出会うために、その本を繙いたということがあるのではないかと思います。

万般の「読書術」は、全てこの目的のために書かれているのではないのか。そうとさえ思えてなりません。

このブログのタイトルを「明日活かす読書」とした由縁の一端を書いてみました。考えが深まったら、また改めて書くことがあるかもしれません。その時は、よろしくお願いいたします。